MONAKAの本は友達

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世の中にたくさんの感想が書かれていると思うけれど、
私の感じた感想を書き留めておきたいな。

時々ね〜



     
2014年3月9日記

昨年話題になった本。
石油の出光興産がモデル。
小説だから脚色はしてあるのは当たり前のことだけど、ほとんど実話から書いていると思っていいいと思う。

この本は東京のマンドリンメンバーの指揮者の方が貸して下さった。
「もう返さなくていいよ」
と言われたものの、ひとりでも多くの人に読んでほしくて読み終えると、さっそく他のメンバーに渡した。

男の仕事は戦場。
敵だらけ。
何と、人というのは恐ろしいのだろう。
何と、人というのは情け深いのだろう。
しかし、利害関係が優先しても最後は、違う。
人でダメになるときもあるけれど、人のおかげで助かるときもある。
敵が半分。
もう半分は見方になってくれるということをひしひしと感じさせられた。

それにしてもたった五人から立ち上げた会社が一万人近い人になるまでの経緯。
本当に読み応えがある。
分厚い本、上下二冊。
でも、はらはらドキドキ、ちっとも長いなんて感じなかった。
目が熱くなるというけれど、本当に涙がこみあげてくるのを我慢すると、目というのは
熱くなることを知った。

明治から大正、昭和。
日本が戦後から経済成長していく過程には、同じような道を辿ってきた気骨ある経営者が何人もいたに違いない。
私の脳裏には、すぐに二人が思い浮かんできた。
本田宗一郎、松下幸之助だ。
まだまだ男の中の男と呼べる人達がごろごろいる。
今だったら、ソフトバンクの孫さんかも......。
そして、挑戦し続けている経営者の後ろには必ずといってよいほど、ただ者ではない人の存在がある。

個人的には本屋大賞というと、売らんがための過剰過ぎる宣伝に嫌気を感じる自分がいた。
でも、降参。
確かに、感動するだけでなく、面白かった。

原油を暖房にしてゆく石油や車に必要なガソリンや様々な石油製品にして行くための
精製。
その精製が日本の企業で出来るようになるように、奮闘する様子。
何も知らない私の頭の中に、石油のイロハを流し込むようにに注入してくれた。

会社を存続させる為に、取り巻く劣悪な環境と戦ってきた経緯。
昔、満州国と呼ばれていた場所に向かい、営業に飛び回っていた様子。
一企業だけの物語ではない。
当時の日本の姿までよく判る。

戦争中、なぜ、軍隊ではない武器を持たない輸送船を次から次へとアメリカは沈めていっ
かも、納得できる。
海軍の犠牲者よりも大勢が犠牲になったことも知る。
涙なくしてはページをめくれない。
昨今の世界情勢をみると、とても遠い出来事では済ます事はできない。

それにしても、今の時代にも、こんな人がいてくれたらいいのに、と私はいつも
のように本の中の登場者達に惚れた。

本名こそ出さないけれど、モデルとなった出光 佐三。
この方が何度も遭遇した「日本人としての誇り」という言葉。
決して気恥ずかしい言葉ではない。

日本人として一人でも多くの人に読んでほしいと思ったのが感想だ。

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2014年3月9日記
アルゼンチン出身のギターリスト、「アタウアルパ.ユパンキ」の自伝的な本。
フォルクローレというジャンルの曲を世界中に認識させた方といっていい。
ユパンキの唯一、ただ一人の弟子である日本人の方が翻訳したものだ。

私は、頁ごとに散りばめられた数玉の言葉を流してしまうのがもったいなくて、
次のページに進む前にもう一度繰り返し読むことになった。
だから、二度読んだことと同じになる。

ユパンキはギターリストに加え、作曲者、歌手。
詩人。
哲学者。
作家。
600曲も作曲したというのだから驚く。
私は以前、この方が作曲した「トゥクマンの月」
「牛車に揺られて」という曲を耳にした時から、畏敬の年を抱いていた。

そして日本語に直したこの本は、原本が素晴らしいのはもちろんのこと。
加えて、読んだ本を身体に入れてから翻訳者の方の言葉によって書かれた翻訳本。

直訳だけではとうてい不可能だとこの私にも判る。
でも、自ら世界的なクラシックギターの方に指示し、
またその後ユパンキのギターと歌、そして芸術性、哲学も伝承している方。
その方の翻訳だからこそ、こんなにもユパンキの芸術性が伝わってきたに違いないと思った。

世の中には、美しい詩がたくさんある。
美辞麗句の形容詞を並べているわけではないのに..。

この本の縮小版としてだろうか、タイトルが違う「インディオの道」という本がある。
こちらは、ずいぶん前だけど、中学生の読書感想文の本に取り上げられている。
「なるほど」
さもあらん、と頷けたしだいだ。
権力と戦い、パリに移り住み、1992年に亡くなったユパンキ。
けして古いことではなく、今の世の中でも、忘れ去っている大切なことを思い出させてくれる本だった。
結構、ジフンにとっては高額だったけれど、思い切って購入してよかった。
時々朗読したい本。
美しい言葉を閉じたままにしておいたのでは、もったいない。

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2014年3月9日記

ずいぶんまたまた久しぶりの更新となってしまった。
「銀座線」いう同人雑誌。
毎年一度出版され、同人誌の老舗といってよいほどの文芸雑誌。
私は一年に一度読ませていただくのを楽しみにしている。
今回、お許しを得ずに勝手に画像をにアップしてしまったので、表紙に書かれている同人の名前は茶色で見えなくさせて頂いた。
同人誌は次々に誕生するけれど、三年、五年で解散するのが多いと個人的には思っている。
その中で、長く続いているうえ、メンバーの入れ替わりは多少あるものの、すぐれた作品が何回も掲載されている歴史がある老舗的な同人誌。

芥川賞受賞作家の方が必ず目を通し批評してくださるとのこと。
なんとも羨ましいかぎりだ。
名編集長のいるこの同人誌。
今回も楽しみに読ませてもらったしだいだ。
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2013年11月20日記

最近北海道での鉄道不祥事が次々と明るみに出てきた。
点検を怠ったり安全を一番に重きを置かなくてはいけないのに、基本的な事をおろそかにしていた実態が浮き彫りにされている。

「粗にして野だが卑ではない」
この本を読んだのは、数ヶ月前。
第五代国鉄総裁になった、『石田禮助』の戦前からの商社での仕事や国鉄総裁になった経緯。
そして、人物なりを書いた本だ。
著者は城山三郎。

私は最近のニュースを見ていて
『もしも石田禮助がいたら、どんな言葉の爆弾が落ちただろうか』
そんな事を思っていた。
赤字だから予算がない、とだけの理由は通らない。

78歳と云う高齢で総裁になり、当時46万人だった社員を束ねていく様子。
労働組合ばかりでなく、政治家達に立ち向かう様子もありありと書かれている。
今は名前もJRと変わった国鉄。
見事なデザインの新幹線が目を見張る。

『石田禮助』という名前。
どんな人なのかさえ知らない自分。
でも、名前だけは知っていた。
読んでからは、今のパスモなどのカードで改札を通る様子を見せてあげたいとさえ思う。

もしも自分が読んだ歳が若かったら、きっと反発していたに違いない。
「78歳で引き受けたなんて、よほど名誉欲が強いのか」と。

今はそんな事は思わない。
その歳だからこそ、何も怖くない、恐れない。
総裁を引き受けた歳は、自分の将来を心配し、言いたい事も云わない必要がない歳になっていると判るからだ。

著者の城山三郎も大好きな作家の一人。
その人のおかげで、また一人、強靭な男の生きざまを知る事が出来た。

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2013年11月20日記
今や三人に一人。
いやいや二人に一人の割合で癌患者となるのかもしれない。

さて、私には以前から頭の隅にひっかかっていたことがあった。

古い友人のお母さんが近所の医院で癌の告知を受けた。
すぐに大学病院へ。
そして、抗癌剤投与。
その後、あっというまに亡くなった。
強い副作用ではないか..と、喉元まで出かかった言葉を私は飲み込んだ。

「もしもそのままでいたとしても、やはりあっとうまに亡くなっていただろうか...」
頭の中を疑問の渦が巻いた。

友人、知人、近所の人など、早期発見で手術をしたおかげで元気になった人をたくさん知っている。
しかしその逆も、私の周りには多すぎた。
特に高齢者の場合はその疑問は大きくなった。

そのまま放っておいたほうがいいのではないか....と思ったことも。
でも、患者の家族は出来る限りの事をしてあげたいと思う。
そして手術。
結果は..。
また疑問が大きくなった。

そんな時に出会ったのが、この本。
友人が貸してくれたのだ。
以前、慶應義塾大学にて放射線科に入局し、乳房温存療法のパイオニアで知られているという著者。
ページをめくるごとに
「その通りだっ」
と私は何度も頷いた。

そして余命3カ月という言葉の意味も知った。
とても判りやすい。

読み終えると、気になり始めたことがある。
大きな病院や、製薬会社、医療機器会社を敵に回したのだから、この著者はただでは済まないだろうな、と思ったこと。
数日前に、電車の中で見た週刊誌の中吊り広告。
案の定、たたかれている文面が飛び込んできた。

利害関係のない自分だから、何とでも感想は云える。
「そんな考え方だってあるさ」
逆にこういう考え方を
『間違っている」
と思うのもおかしい。

この本に限らず、全てを鵜呑みにしてはいけない。
そう云いつつ、とても参考になる本になった。
貸してくれた人と同様、私もお薦めしたいな。

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  都築幹彦
「どん底から生まれた 宅急便 」

2013年5月18日記

4月だったろうか。
新聞の広告に出ていたので、すぐに購入した。
時間指定までして届けてくれる宅急便に、とても助かっていた。
身近に感じてもいたし。
故に読みたかったのだ。

いやあ、面白かった。
企業のトップになった人の本は、別の作家が、その人の功績を称えて書く本が多い。
でも、この本の作者は一年二か月かけて書いたと言う。

「宅急便」という言葉は、ヤマト運輸が独自に作りだしたもの。
当然、他社は使えない言葉だ。

トラックや昔の国鉄を利用して、大口の取引をしていたのを家庭の小荷物を扱うことになるまでの過程。
会社の存続をかけてだけにハラハラドキドキ。
「そうだったのか」
唸ってしまったことが何度もあった。

私は道路だったら何処を通ってもいいのだと思っていた。
日本全国何処でもと。
しかし、路線権がちゃんとある事を知る。

いやはや、そればかりではない。
がんじがらめの法律が、たくさんある。
そして、驚くような事、盛りだくさん。

初代社長の小倉さんと二代目の小倉社長に仕えた著者の都築さん。
まずは、小口化の業種にしぼる時、社内からの猛反対にあう。
労働組合も反対。
一番の味方であるはずの、身内から説得しなければならない御苦労が痛切に伝わってくる。
でも、反対している社員も、協力してくれる人が出てきたり...と。

社外の壁となったのは当時の運輸省。
壮絶な戦いがあって、宅急便が生まれた事を知った。

初日は11個しか集まらなかったという。
150億円も投入して作ったクール宅急便は2012年、1億7490万個。

一つのアイデアの申請をしても、何年も許可がおりなかったり、。
立ちはだかった行政について、もっと書きたかった事がたくさんあっただろうに、と察せられた。
でも、配慮して最小限に留めているのが、伺えた。

話しは逸れるけれど、フラメンコの先生が出演するというので、12日の日曜日夜NHKエルムンドという番組を観ていた。
チャンネルをそのままにしていたら、
何と!
ヤマト宅急便を扱った番組をやっていたのだ。
その数日前に、便利に使わせてもらっている「宅急便」について書いていたので、私はびっくり。

いやあ、何回も云いたい。
面白い!

世の中のしくみがよく判る。
小説ではないけれど、小説より面白いとも云える。

ヤマト運輸という会社の宣伝を私はしているわけではない。
日本の生活を変えてしまう、その壮絶な企業の挑戦に胸打たれた。

ぜひぜひ、お勧めしたいな。

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☆ 電子書籍より   津軽
☆ 電子書籍より  思い出

2013年5月18日記
☆タブレットで電子書籍の青空から、ランダムに数冊分の作品を選んで読んだ。
なかなか今では手に入らない本も、著作権がきれた1万冊程の作品を無料で読む事が出来るのだから有難い。


その中で書き残しておきたいのは、
太宰治の二冊。
今更ですが.....という感じだ。

昔読んだはずの太宰治の作品。
いったい何を読んだのだか...。

という事で、すべてを忘れ、まず、津軽を読んだ。

今でいうなら旅行記のようになるのだろう。
感想としては、ちょっと読むのが辛かった。

長々と津軽の名前由来や津軽の歴史に触れている。


初めて知る事が多く、興味深かったとも云えるけれど、前半がくどく感じてしまった。
でも、ひたすら我慢して読み進んで行った。
おかげて、ようやく集中する事が出来た感じだ。

旅館や、知人友人宅、生家などに泊りながらの旅程。
今の便利な時代、ヒューン、と行き、ヒューンとまた帰ってこれる時代ではない。

だから、よけいに、現代の同じ場所をゆっくり回ってみたい気にさせられた。

後半になって津軽で取り巻いていた生活が出てくる。
東北の最北にある地に対しての、ちょっとコンプレックスのようなものも感じてしまう。

正直、やっと前半を読んだ時はちょっとほっとした気分。
でも、さすが大作家。
読みおえると、ずしりと重いものが残る。

☆そして、次に読んだ、思い出。

読んでみてはじめて判ったことは、津軽に出てきた最後のほうとだぶって書かれていたことだ。
「そうだったのか」
家族の思いだけでなく、作者自身の心模様が克明に示されている。

驚くほどの自己陶酔がわかり、滑稽に感じてしまったり。

確かに、太宰治という作家の作品は、読みおえてから重く残るものとは判ったけれど、何年も経つと私は忘れてしまっている。
ちょっと自分が情けないな。

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2013年1月21日記
山本周五郎中短篇秀作選集5

いやはや、気がついたら読んでから新年を迎えてしまい、またまた遅れての感想になってしまった。

我が家の本棚に時代小説の、藤沢周平や山岡荘八、吉川英治と並んでいるのが山本周五郎。
遙か昔読んだけれど、ほとんど忘れている。

早乙女貢さんの周五郎さんを回想した本を読んだら、もう一度読みたいと思っていた。
特に、宮本武蔵を、別の視点から描いた作品
「よじょう」を。

でも、我が家の本棚にはない気がして...。
(きちんと調べていない)

例の通り、図書館に行き、どの本に収められているか調べてもらった。

周五郎作品をまとめた選集が第一巻、二巻、三巻、四巻、五巻ある事が判った。
それぞれに、待つ、惑う、想う、結ぶ、発つのサブタイトルがついている。

その最後の五巻目、「発つ」の中にあった。
12編の物語。
「野分」 「契りきぬ」 「はたし状」 「雨あがる」 「よじょう」 「四人囃し」 「扇野」 「三十ふり袖」 「鵜」 「水たたき」 「将監さまの細みち」 「桝落とし」

宮本武蔵という人物を吉川英治は小説の中でものすごい魅力的な人物にして生まれ変わらせた。
周五郎さんは、「よじょう」の中で、別の宮本武蔵を描いた。
そこには颯爽とした武蔵はいない。
だから、私は読みたかったのだ。
なるほど....。

その他の作品は、淡く、じりじりしてしまうほどせつない。
そして、柔らかな綿に触れたような気持にもさせられる。

周五郎作品を読んでいる最中は、自分の身体の中に、暖かな血が流れている感覚を持ってしまう。
比べるつもりはないけれど、この感覚は、藤沢周平作品を読んでいる時と似ている。

「今の人はこんなじれったくなんてないです〜」
奥ゆかしい、犠牲的愛なんて理解出来ない私には、歯がゆくなってしまうことも。

でも、でも...。
やっぱり引き込まれてしまう。

美学。
作家の持っている美学だと思った。

そして思う。
やっぱり私は、周五郎さんの描く人間が好きだ。
とうに忘れてしまい、失われてしまったものを思い出させてくれる。

12編の中で何が良かったかな考えてみる。
応えられない。
ひとつ読み終え、次の物語に行くと、すぐまた引き込まれる。
その繰り返し。

別の機会に、また残りの巻を少しずつ読みたいな。
例え以前読んだことがあるとしても、何度読んだっていい。

選集だから、残りの四巻を読んだら、あと40作品ぐらい読めることになる。
その時は、きっと山本周五郎作品について、もっと詳しくなっているに違いない。

急がずに、ゆっくりと...。

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201211月30日記
逢坂剛著「相棒に手を出すな」
を読んでから結構な日にちが経ってしまった。
感想は9月25日のブログに書かせてもらった。
短編が数篇あり、独立した作品もあるし、同じ登場人物がまた別の作品に出ていたり。

相棒である女性や、数編の作品に登場する年配の女性が、曲者のような.、、何とも言えない不思議な人物。

エンターテーメント的な小説。
難しい顔をして読まなくても良い楽しませてくれる本だった。

それにしてもこのタイトル。
とても気に入ったしだいだ。
その延長から、思い出させられたのは、
「フラメンコに手を出すな」
という本だった。
前々からいつか読みたいと思いながら、つい年数ばかり重ねていたから、いい機会を得た。

出版はフラメンコ月刊誌を出版しているパセオ社。

月刊誌に掲載したものをまとめた本だそうだ。

小説ではない。
ゲストを迎え、フラメンコ談義し、その場で語られた内容が記載されている。
その中身。

何と哲学的なんだろう!

日本人ゲストの方々の言葉にも、抜き出して書き留めておきたい言葉がたくさんあった。
その中で、スペイン人アーティストに向けての率直な質問には、正直、私は驚きの気持ちで読んでしまった。
結構辛辣な質問だと思ったからだ。
(注: 自分だけの考え過ぎかも)

フラメンコを深く愛し、ギターも超一流の、作家逢坂氏
だからだろうか、フラメンコに対して、こだわりを持っていることが伝わってくる。
古いものを大事にしてほしい、古き時代のフラメンコが好きだ、という思いが。

故に、ギターのパコに、
まだまだ若いビセンテ.アミーゴに、
踊りのホアキン.コルテスにも、飾らぬ言葉で質問していく。

しかし、読んでいくうちに判ってくる。
古いものだけでなく、新しい空気もちゃんと受け入れる、大きな気持ちでゲストを見つめていることが。

この本は月刊パセオに掲載され、(1993年2月号〜96年12月号、98年11月号)に加筆、再構成されたものということ。
長い歳月が流れた。

インタビューを受けた時のアーティスト達は、その道の神様のような存在になってしまっている。
そして今も、古いものと新しいものは、共存し続けているのだ、ということを思い知らされた。

亡くなったアントニオ.ガデスの言葉も一度目を通すだけでは、もったいなさすぎる。
去年の夏、日比谷で踊りを観たクリスティーナ..オヨスの言葉だって同じ。
何気ないひと言が、宝石のようだ。

一人一人の対談後に、
「一服一筆」
というタイトルで、対談した方の感想が添えられていた。
これが、とてもいい。

フラメンコを習っている私。
楽しみに読み進んでいったしだいだ。

最後に..。

毎月読んでいるパセオ月刊誌。
正直なところ、時間が出来たら後日ゆっくり.....と後回しにし、全てのページをくまなく読んでいた、とは大きな声では言えない。

この逢坂氏との対談記事も数人は読んだような記憶があるけれど...。

読後、大いに反省。

本箱にしまってしまわず、読み終わるまではずっとリビングに置いたままにしておかなくては。
そして新しく手にした月刊誌。
早速、最初から、すべて読んだしだいだ。

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「作家の値段」 

出久根達郎

2012年、11月16日 記
出久根達郎著「作家の値段」を読んで、初めて知る事ばかり。
私はこの作家の本は、直木賞を受賞した時の、「佃島ふたり書房」しか読んだことがない。

作家の値段とはなんぞや?
あからさまな「値段」という言葉に惹かれて、私は図書館の棚から手にとった。

確かに作家が書いた本で、特に初版、限定本などの古書に、作家によって値段が非常に違うことが書かれている。
例えば、明治38,9年に出た夏目漱石の
「吾輩は猫である」
3冊そろいで250万円。

石川啄木が毛筆で書いた27行の手紙が350万円などなど。
或る作家の本は500万円。
本当に驚きのことが、事こまかく書かれていた。

古本屋さんの仕事を続け、古書に詳しい方だからこそ、書くことが可能だったのではないかと思った。
それでも、言葉を選びながら、他の古書店主の言葉を借りながら記している。

値段だけのことではない。
何と興味深いそれぞれの作家について書かれていたことか。

永井荷風の春本「四畳半襖の下張」
各本の裏話。
エピソード。
すべてに引き込まれる。

24人の作家について書かれている。

出久根氏が感想を書き添えている各作家の作品について、私も作品も読んだことのある本の時は、頷けたり。
初めて知ったことに感心したり。
胸をキュンとさせられたり。

時代背景もあることだけど、ほとんどの作家が共通しているのは、極貧を経験しているという気がする。

この本はいったいどれほどの歳月を費やしたのだろう。
何回も登場する、古書店の人の力を借りたとしても、普段から、几帳面に書き残しておく性格の人でなくては、書けないものが非常に多かった。

そして、先にも書いたように、古書を商いにしていたからこそ、書けた本だと私は思う。

登場した作家の24人を記しておきたいな。

司馬遼太郎、三島由紀夫、山本周五郎、川端康成、太宰治、寺山修司、宮沢賢治、永井荷風、江戸川乱歩、樋口一葉、夏目漱石、直木三十五,野村胡堂、泉鏡花、横溝正史、石川啄木、深沢七郎、坂口安吾、火野葦平、立原道造、森鴎外、吉屋信子、吉川英治、梶井基次郎。

この中で一冊でも読んだ事のある作家は、17人だった。

出久根達郎著「作家の値段」
驚きと称賛の気持でいっぱいになった。

たくさん教えてくれて
「ありがとうございました」
頭を垂れたしだいだ。

そして本を閉じて判った。
本の値段は、人によっては、例え100円の古本でも、ウン千万円の価値があるということ。

これからも、読み終えたら遅れてもいいから、感想を書いておきたいな、と改めて思ったしだいだ。

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村上春樹
「夢を見るために僕は毎朝目覚めるのです」
☆アンダーグラウンド

 2012年.11月3日:記                             

「夢を見るために僕は毎朝目覚めるのです」の感想は、平成24年9月25日のブログに書いたので省略。
しかし、その本を読んだからこそ、どうしてもアンダーグラウンドを読みたいと思った。

目を疲れさせたくない、との思いから文庫本は避けるようになった私。
でも、もう細かい字.で..おまけにとてつもなく分厚い。
何だか4冊分ぐらい読んだ感じだ。

.でも、読み進んでいくと、まばたきをするのも忘れるくらい惹きこまれて行く。
オウムが引き起こしたサリン事件。

一人ひとり被害者になった方にインタビューしていく。
まず、著者が会った方の印象をそれぞれ前置きのように感想を述べたり、紹介したり。
そして、被害者の口から出た言葉が再現されていた。
(もちろん、その言葉は著者の方の身体を一旦通してから活字になったのだけど。)

同じ電車に乗っていた乗客がいるので、結構現場の様子は重複する場面が多かった。
でも、それがかえって、真実味、臨場感あふれて伝わってきた。

坂本弁護士を救うために翻弄していた弁護士達も命を狙われながら恐怖と戦ってきた事実も知った。
何回も警察に願い出たのにも関わらず動かなかった:警察。

特に、松本サリン事件があったのだから..。
防ぐ事は出来た事件。゜

去年の東北大地震。
「想定外」
という言葉。

地下鉄にまかれた1995年3月20日も、その「想定外」の日となるのだろう。

警察や地下鉄関係者だけではない。
不幸にもそこに居合わせた人々、そして自分も含め、あまりにも平和過ぎて、テロなど最悪な事を想定する事が出来ないことをつくづく思い知らされた。

でも、本の中では、激情の怒りはほんの数ページのみだった。

60名ぐらいだったろうか、一人一人インタビューしていく中で、その人の歩んできた人生までをも伝えてくれている。
いやいや、伝わってくるのだ。

いつもはその時間には乗らないのに...。
バスが遅れたから、いつもの時間のに乗れなくて...。
等など...、運悪くその日に限って、という人も多かった事を私は知った。

でも、多くの人達は、毎日毎日、異常な程の混雑の中、じっと耐えて仕事に向かう日々の中で遭遇したこと。
片道2時間近くの通勤時間の人が、何と多かったことか。
都会に家を持つのは無理。
遠方から、都会の仕事場に向かう人々。

事件にあっても何が何だか分からず、サリンのせいで目が暗くなってもフラフラ歩きながらも、会社に向かう姿。
ヨロヨロと....。
仕事に、仕事に..行かなくては.....と。

現実の厳しさに、悲しみが襲ってきて、私は何回も本を一旦閉じざる得なかった。

その人々は云う。
マスコミは、一部しか報道しないと。
倒れている人々しか写さないけれど、実際は、改札を抜け、やっと地上にたどり着くと、たくさんの人が倒れていた。
ても、通りの向かい側の人々は、いつもの光景。

会社までの道、力つき路上で倒れても、
「大丈夫ですか..」
と声をかけてくれる人がいなかったという。
もしも会社の同僚が通らなかったら...。

酔っ払いだと思い込んでいる都会の怖さが伝わってくる。

でも、読んで救われた事もあった。

助けようとして、染み込んだ洋服で二次災害に会った人が多かった事の事実。
救急車が来なくて、走っている車を次々と停め、被害者を詰め込んでいく、同じ被害者がいたりと。

最後のインタビューは亡くなった方の両親と、お腹の中に事件当時、身ごもっていた御嫁さんだった。

亡くなった方の少年時代の事。
何も手がかからず、新聞配達をしていました...という母親の言葉。
スキーが好きだっとか..。

御嫁さんは、確か最後のインタビューに、事件後に生まれた女の子と一緒に、登場していた。

ご両親も、奥さんも強い拳などあげていない。

大勢の人が、言っていた言葉。
人は無関心。
そしてマスメディアに対しての不信感。

その気持ちが本当によく判った。

危機管理がなっていない、という憤慨よりも、もっともっと別の人間としての深いものがつたわってくる。
それが何かは私には、大きすぎて言葉に表せない。

この作品は確か事件後、約一年か一年半ぐらいにかけてインタビューをしたあとに書かれた本だったと思う。

インタビューを依頼したとき、
「忘れかけていたのに今更」
との返事の方もいたとのこと。

そんな中で、やっぱり、伝えておかなくては..と思った人もたくさんいたのだろう。

こういう作品を、よく、残してくれたなー。
心の底から思った。

悲惨さや怒りを表に出す事を目的に書かれていない分、よけいに様々なことを考えさせられた。
村上春樹「アンダーグラウンド」
読み終えたとき、いつものように私は本を両手で抱きしめた。
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2012年9月読み終え

   
  •     山本周五郎というペンネーム。
  •     奉公先の質屋の主人の名前をそっくりもらったというのは驚きだった。。
    • また、その奉公先で夜学に通い、英語や簿記の学校まで通わせてもらったとの事。ご主人を尊敬し、恩義に感じていたことが伝わって来た。
    • 私が大好きな吉川英治を好まず、まるで吉川作品「宮本武蔵」に対抗するように、宮本武蔵像を笑い飛ばすような作品
    • 「よじょう」を書いた個所は面白く読めた。
    • 温かみのある作品を書く周五郎さんから、穏やかな姿しか想い浮かばなかった私だけど、厳しい面も知って、とても興味深いエピソードばかりだった。
    • 最後の方は、仕事場はあえて自宅ではなく、危険で急な坂道を上がっていかなければならない場所を選んでいたこと。
    • 「ながい坂」もここで執筆されたこと。
    • でも、階段から転げ落ち、骨を折ってしまったり...。
    • 亡くなって、お棺をかついで下まで降ろすのが、大変だった様子。
    • 滑稽に思ってしまったのは、いけないことかしら...。
       
  •    早乙女貢さんが周五郎さんを回想して書いた本。
  •    でも、一つの物語の小説を読んでいるよう。
    • とても、文章もきれいで、素晴らしい本だった。
       エピソードが紹介されていた本を、少しずつ読んでいきたいと思っている。
  •    でも、今は、まだまだ他の読みたい本が待っている。
  •    しばらくはお預け。